Report

ドイツだより

vol.9: ハンカチ並みの世界

『思わぬところで思わぬ人にばったり、日本って(或いは地球って)案外小さかったんだね。』
誰にも一つや二つ、そんな体験はあることでしょう。私もフランクフルトに住み始めた頃、仕事の昼休みに食事に出た先で、日本でお世話になった大学の先生に出会ったことがあります。
またある時は、うちの前の横断歩道前、道路の向かい側 の市電の停留所に目をやれば、これまた学生時代の先輩が、ご家族といっしょに電車を待っているところ。

 

とはいえ、二車線道路のこっちからあっちに『西原さぁ~ん!』と大声をかけるのも恥ずかしく、もどかしい思いで青信号を待つうちに、彼らの目当ての市電が到着。 結局一言もお話できず、手を振ることさえままならぬまま、中央駅方面へと運ばれていくご一家を目だけでお見送りし ました。でも、よくよく考えてみれば、この程度のことは驚くには足りません。
ドイツ文学/語学を専門としてご活躍の先生方が、時折ドイツに見えるのは当たり前。その際、交通の要所フランクフルトに一時滞在されるのもちっとも不思議ではないからです。
と、こんな風に免疫がついて、思わぬ出会いの感激に鈍感になった私も心底びっくりのエピソードが二つ。
そこで2011年第一弾のドイツレポートは、そんなお話をご紹介すべくドイツを飛び出し、スペインはカタルーニャ地方のバルセロナ、そしてイタリアはボローニャ、ローマへと皆さんをお誘いします。

 


バルセロナで白昼堂々

イタリア北部の小さな山村に生まれた友人ローザは、幼い頃一家全員でオーストラリアに移住。 自分のルーツであるヨーロッパには、大人になってから、あえて機会を見つけて旅するようになったそうです。ご主人の定年退職をきっかけに、二人の欧州旅行はさらに頻度を増しました。とりわけ近年は、フランスからスペインへの聖ヤコブの道を初め、巡礼の旅に夢中。

 

3ヶ月ほどの滞在中に全工程800~1000キロメートルの道のりを徒歩で制覇、そんなパワフルな旅をもう何度も経験済みです。そして嬉しいことに、毎回つぶさな旅程を前もって知らせてきて、「都合がつけばどこかの街で会いましょう。」と誘ってくれます。

聖ヤコブの道を歩ききった彼らが、最終目的地であるスペイン北西部からイタリアのミラノへ飛ぶ途中、バルセロナで1日のトランジット。
これが、今から三年前の私たちの再会のチャンスでした。そこで私もバルセロナへの旅を計画し、そのうちの一日をローザとご主人のルイ、そして巡礼の一部に同行した息子さん夫婦と共に過ごすことにしたのです。かくして訪れたバルセロナ、めでたく再会相成って、ローザ、ルイと並んで目抜き通りを歩いていると、前方を行く息子ジョーンの素っ頓狂な声が聞こえてきます。見れば、すれ違いざまの誰かと大声を張り上げ話している様子。
おまけに肩まで抱き合い始めたので、喧嘩を売ったり売られたりでないことだけは確かですが…。

 


「どうしたんだろう?巡礼の道中で知り合った誰かと再開でもしたのかな?」と私。

「それにしては、私に見覚えのない人だけど…。」とローザ。
立ち話中の彼らにようやくに追いつくと、「ホラ、母さんも知ってるだろ?俺の学校時代のワル仲間、ケヴィンだ。」と、興奮冷めやらぬジョーンの、地声より明らかに1オクターブ高いトーン。
聞けば、相手はヴァカンスでヨーロッパを一人で旅行中。地下鉄の階段を上りつめて広場の角を一つ曲がったその刹那、自分と同じく言わば地球の裏側からやってきた旧友に、ばったり出くわしたということです。

 

 


『この世はハンカチ並み(=El mundo es como un panuelo)』とは、まさにこんな時、スペインの人が口にする言葉。
ロンドン、パリ、ローマ、フィレンツェ、ヴェネチア、ミュンヘン、ベルリン、ウィーン、プラハ、ブダペスト、一気に西へ飛んでリスボンetc、ヨーロッパの主要観光都市だって、両手両足の指を合わせても数え切れないほどある中で…。

 

これこそまさに、『ハンカチ並み世界』の実体験でした。
おかげで私はそれ以来バルセロナと聞けば、ガウディーの建築よりも、ミロやピカソ、ダリの芸術よりも、人気サッカーチーム・バルサのホームスタジアムよりも、白昼堂々肩を抱き合い奇声を上げていた南半球の大男二人を真っ先に思い浮かべてしまうのです。

 


ローマの神々が縁結び「もう一人の友人アンナはフィレンツェ出身のイタリア女性、わけあってフランクフルトに住み始めてもうすぐ20年になります。
その彼女がまだ学生だった頃、ボローニャの街を訪ねた時のこと。
よりにもよって帰路を予定していた日、ボローニャ駅で爆破テロ事件が起こり、この駅を発着する列車が全て不通になってしまいました(1980年、夏)。

 

そこで彼女は、臨時運行のバスを利用してフィレンツェに帰ることになります。
車中で隣り合わせたのは同年代のドイツ人男性ゲオルク。幸い彼とは話が合ったので、バスの旅は退屈ではありませんでした。
別れ際二人は、「せっかくの縁だから、また何かの折に連絡を。」と、アドレスを交換します。
でも、旅先でやりとりしたアドレスの多くの例にもれず、それらはお互いの手帳の片隅に残されたまま、どちらからも音沙汰ないままに数年間の時が流れました。

 


そしてある時、アンナは従妹を訪ねてローマに旅をします。
ここで舞台となるパンテオンは、いったん焼失するも紀元2世紀前半に再建されたもので、かつては様々なローマの神々を奉る神殿でした。
キリスト教の聖堂として後代に受け継がれたのが幸いして、破壊をまぬかれています。
したがって数あるローマの古代建造物の中でも、元のままの姿を最も良く保っている建物だと言われます。
床から半球形ドームの頂点までの高さとドームの直径が等しく見るからに存在感のある建築です。

 


内部にはラファエロの墓もあり、観光客の足が絶えることはありません。
また神殿前の広場は、ローマっ子の待ち合わせ場所としても人気スポットの一つと聞きました。このパンテオン神殿内を、従妹とお喋りしながら歩いていたアンナに、ひときわ背の高い男性が近づき、話しかけました。
「聞き覚えのある声にまさかと思ったけれど、やっぱりそうだ。君、アンナだね?僕のこと覚えてる?」
「ゲオルク!」そう答えたっきり、絶句し立ち尽くすアンナ。

 

 


この日をきっかけに、二人の国境を越えての交際が始まります。
初めに『わけあって』と書きましたが、彼女のフランクフルト住まいは、お察しの通り二人が夫婦になったから。
17歳の息子さんがいて、今まさにカリフォルニアでホームステイ中。もしかすると彼も帰国後、アメリカならではのスケールの大きなお土産話に混じえて、『ハンカチ並みの世界体験』を語ってくれるかも知れません。
それにしてもパンテオン、「もしかしてご利益あるの?だったら私も行ってみようかしら。」なんて思うのは不謹慎かな?
ま、どっちみち、いまさら手遅れかぁ…。

※文中の個人名は実名ではありません。

 

vol.9『ハンカチ並みの世界』終わり