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ドイツだより

vol.15: ベリ・デザイン社訪問

白樺の木々や赤レンガの家並みが車窓に目立ち、北へと旅してきたことが実感されます。

あいにくもう何日も雨が続いていて、日中の気温も15度程度と肌寒く、よりにもよってちっとも夏らしくない日を訪問に選んでしまいました。だけど、なにもかもを灰色に包んでしまう都会の雨とは違い、どの窓からも赤レンガとお庭の緑が見えるベリさんのお家では、雨もまた好し。大小のマグネットレリーフを始め、ふんだんに飾られたベリアートの虹色が、お日様の暖かさをお部屋に溢れさせているせいかもしれません。

 

 


リビングダイニングとショールームを兼ねたお部屋での朝食のあと、ベリさんにお話を伺いました。

ひっきりなしに、ペットのオウム『オットー』と『ヤニー』の声が聞こえます。
「水浴びできるぞぉ!」なんて言ってみたり、モーツァルトのオペラ『魔笛』から、パパゲーノのアリアの一部をさえずったり…、正直言ってうるさい連中です。水浴び云々は多分、雨の降るたびに飼い主から聞かされる言葉を条件反射で言っているのでしょう。アリアの方はというと、メロディーは正確なのですが、小節の最後までさえずりきれずにいつも尻切れトンボ。

この長さがオウムの記憶力の限界なのかな?と思ってみたり、ピューっとメロディーが上がったところで止めるのが、鳴き心地いいのかな?それとも鳥って、息継ぎできないの?…
なんて、インタビューとは無関係な疑問が次々、頭に浮かびます。べりさんと過ごす時間、話がとぎれてお互い自分の考えにふけっても、なぜかちっとも気まずくないのです。そんな時ふと、ベリさんが言いました。
「子どもの頃ね、雨の日に、外で遊ぶのが大好きだったなぁ。」 「どうして?」 「他の子が遊びに来ないから、誰にも邪魔されなくてよかったんだ。」

内心『困った奴…』と、返答に悩んでいると、「雨ん中?たった一人で外遊び?あなた、それかなり寂しいわね。」と奥さんのウルリケさん。
彼女のほがらかな笑い声に一同つられて爆笑、場が救われました。 …ったく、ベリさんったら時々こんな調子だから、黙っているときのほうが、安心していられるのかもしれませんね。

 


ベリさん、世界放浪の旅に出られたことがあるそうですが、どこへいらしたんですか?

 

主にアメリカに滞在しました。そして香港に寄って、中国。最後にロシアからシベリア横断鉄道に乗って帰ってきました。1984年のことです。娘が生まれたのが81年。教師をしている妻が仕事にすぐ復帰できるよう、出産後の3年余り、僕が育児と家事を受け持ちました。その間ずっと家にいたので、いわばこの旅行はそのご褒美だったんです。

 

ベリさんの作品に影響を与えた国に巡り会うことはできましたか?

 

特にこの旅を通じて、作品面で僕に影響した国というのは思い当たりません。一般的にあえて国名を挙げるならスイスかな。

 

ベリさんに影響や共鳴を与えたのは?

 

ハンブルクでデザインを学んでいた当時の恩師、マックス・ヘルマン・マールマン先生、そしてバウハウスの芸術家たち、具体的に名を挙げればカンディンスキーにクレーです。特にカンディンスキーの著作『点と線から平面へ』は、マールマン先生の元で学んだ造形技法とともに僕の製作の基盤をなしています。そして、この技法を平面から立体へと展開させるにあたってはハインの影響を挙げなくてはなりません。

 


昨日、ベリさんが学生時代に取り組まれた課題の数々を拝見して、とても深い印象を受けました。

ある幾何学的な形をユニットとして、それを一定の法則にならって規則的に拡大していく。そうしてユニットが重なり合うことによって新たな形が生じていく。調和と統一のとれた全体像が完成していく…。とても緻密な作業が製作の背後にあって、作品の完成像を支配するバランスは、偶然や感覚の産物ではなく、確実な法則に裏付けられているということが理解できました。

製作過程は、ひとつの独自な世界が熟していくプロセスである一方、とても孤独なものだという印象をうけました。もっともどんな芸術活動にも孤独は欠かせないはずですが、ベリさんがベリさんご自身のアートの世界に没頭し、孤独の中でそれを熟成させていこうとする行為の前には、きっと何かしら外からの刺激がきっかけになると想像します。ベリさんのインスピレーションの源はどこにあるのですか?

 

刹那的にね、なにか面白い形が視界に飛び込んでくることがあるでしょう?物と物が重なり合ったり、物と物の隙間から何かが垣間見えたり。光と影のいたずらだったり。時々そんな風に『ある形』をキャッチすることがあるんです。たいてい一瞬の出来事です。すると、その形が気になって仕方がない。それが僕のインスピレーションです。

 

キャッチした『形』をユニットとして作品を展開していくんですか?

 

いえ、全くその逆で、どんなユニットをどう組み合わせれば、あの形になるかな?って、考えずにはいられないんです。

 

(不思議な頭…。と、私は思いながら)色彩については、どう取り組んでおられますか?

 

虹の6色の濃淡を使った12色。これが僕のカラーです。どれも欠かしたくないので大抵全色使います。作品、製品によって2色や3色を選ばなくてはならないとき、とても苦労するんですよ。

最終的にたどり着いた組み合わせには必ず意味がなくてはなりません。

加えてお話しすると、実は父が塗装職人のマイスターだったので、大学へ進む前に父の元で塗装職の修行を受けました。あのとき身につけた技術と自信が僕の製作を支えています。各色濃淡の2種類だけでなく、グラデーションも取り入れたいのですが、高価になりすぎて販売できないでしょうねぇ…。

 


子どもの頃、お父さんの職業に憧れましたか?

 

そうですね、絵描きか音楽家を夢見ていました。画家も塗装職人も、子どもは区別しませんから、父の影響は確かにあったと思います。

 

ベリさんご自身の好きなおもちゃは何だったんでしょう?

 

積木です。もっぱら積木遊びが大好きでした。もっとも、僕が今製作しているような積木は当時なくて、基本的な幾何学型の積木です。

 

すると、ご自身が遊んでみたかったような積木を今や製作し、販売しておられるわけですね。

アートとおもちゃの、デザインと製造、販売をするに至った経緯やきっかけについてお話しください。

 

正直言って、生計を立てるためです。大学を出たときデザイナーとして企業に就職するか自分のアートで食べていくかの二つの選択があったわけですが、僕は、企業の一員として、どこかで自分自身の喪失感を禁じえないままに生きていくことはとてもできないと自覚していました。でも何かして食べていかなくっちゃならない。そのためには作品を売る必要があります。そこで、アートや美術工芸品を扱うマーケット、蚤の市などを巡って販売を始めたのです。この経験のおかげで、買い手の欲しいものが見えてきました。自分の独りよがりを批判的に見るいいチャンスでした。買い手の立場や要求を知ることによって、僕の作品から玩具も生まれていきました。

※↑ベリさんのおもちゃ第一号

 


ベリさんの譲れないポリシー、そしてベリデザインの誇りは何でしょう?

 

緻密さ、調和性、簡単で把握しやすい形を基本とすること。そしてアートとしての機能性です。例を挙げるなら、立体の組み換えで遊ぶ積木は、各パーツを接着しているだけではどうしてもいつか接着部分がはがれてしまいます。(右写真参照)
これを避けるためにダボを入れます。高い緻密性が求められる製造プロセスが一つ増えるので、自ずと製品価格に響いてきます。でも、こうしなければ、玩具としてもアートとしても機能性を欠いてしまいます。

だから妥協できません。思えば、積木遊びが好きで好きでたまらなかった僕が、大人になっても自分の好きなことに徹し、それを職業にして自立できているのはとても幸せなことです。同時に、それを誇りにも思っています。

 

妥協を許さぬためには材料にも強いこだわりをお持ちだと察します。木材はどこから調達されるのですか?

 

オーストリアと、かつての東ドイツ、ザクセン地方で採れた木材を使用しています。家具やかけはしなどを製造するメーカーにパーツを作ってもらい、塗装、組み立てを自宅の工房で行います。簡単な組み立ては地元で在宅作業をしてくれる人に依頼、繁忙期には、パッキングなどを手伝ってくれる学生さんに来てもらいます。木材、そしてパーツについては、恒常的に信頼できる品質が絶対条件ですから、今のパートナーを見つけるまでにはそれなりの苦労もありました。使用するのはカエデ、ブナ、マツの三種類。カエデはドラムを使った塗装に最も適した素材、加工のしやすさでは木目が均一なブナに勝るものはありません。

 

ベリさんのストレス対策やリフレッシュ法は何ですか?

 

自分の好きなことを職業として、しかも1人での作業がほとんどですから、これといってストレスに悩むのは稀なんです。あえて言えば、カシャー(愛犬)を連れての毎日の散歩で近くの森や湖畔を歩くこと、ノルウェーのセカンドハウスへの旅、音楽鑑賞などでリフレッシュしています。

 

これからの夢があればお聞かせください。

 

今日までに築いてきた各国のパートナーと、今後も今までどおりのお付き合いを続けていけることを望んでいます。

 

日本以外の輸出国はどこがあるのですか?

 

ヨーロッパではスイス、イタリア、オーストリア。アジアでは日本と韓国で高く評価してもらっています。
アメリカではライセンス商品が販売されています。僕の好きなスカンディナヴィアの市場も開拓したいのですが、どうも壁が厚くって、まだ成功していません。

 


少し、日本市場をテーマにお話をお伺いしたいと思います。何か日本市場への特別な取り 組みはされていますか?また、ヨーロッパ市場と日本市場との違いを感じることはありま すか?

 

約束の納期を守るために必死で頑張る以外、特に取り組みはありません。(笑)ヨーロッパ との違いと言えば、アジア市場の方が、学びを取り入れた玩具への関心が高く、子どもの 教育を考慮して製品を選ぶお客さんが目立ちますね。

 

日本の消費者やパートナーと接していて驚いたことなどはありますか?

 

見本市のたびに思うのですが、日本からのお客さんはたくさんの質問をかかえていて、僕の答えをとても熱心に、忍耐強く、そして多くの時間を割いて聴いてくれます。逆にドイツの人を相手にしていてよく経験するのですが、質問を受けて、いざ僕が話し始めると、最初の文章さえお終いまで聴かないうちに、次の問いを浴びせてくることが多いんです。彼らは自分が喋りたいがために何か尋ねてくるだけで、本当に関心を持ってくれているのではないと感じてしまいます。

 

それって、私も販売現場でしょっちゅう経験しています。そうか、向こうが喋りたくて質問しているんだから、答えは短ければ短いほど喜ばれるのかも知れませんね。今後の参考にします。(笑)

それでは最後に、日本の子ども達に、ベリさんからのメッセージをお願いします。

 

同時に色々なタスクをこなすという能力が評価される昨今ですが、子どもの時にこそ、気を散らさずに何かに集中して、ひとつことをやり遂げる習慣を身につけてほしいと思います。
そうして得られた達成感や集中力は、きっと将来のみんなの力になるはずだから。

 

 

 

形に魅せられて、形を追求しながら夢中で遊ぶ。そんな少年の頃のベリさんにとって、独自の感性を同年代の友達と分け合い、お互い同じ周波数を感じながら遊びのひとときを共有するのは容易ではなかったのかもしれません。誰も仲間にならない雨の中での一人遊び、孤独なようでいて満たされた時を過ごしながら、彼はいくつの虹に心を躍らせたことでしょう?ベリアートに親しむ世界中の子どもたちが、今やベリさんの数え切れないほどの遊び仲間。トリッタウと日本の、そして世界のどこかで、今日も同じ虹を見ているんですね。

ベリさん、どうもありがとう。

 

vol.15『ベリ・デザイン社訪問』終わり