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ドイツだより

vol.2: ゴミをめぐる話

「ゴミの回収車はありませんか?」初めてお客さんからこう尋ねられた時、私はとても戸惑いました。
当時、勤め先のショップにはご希望の品がなかった上に、おもちゃの車を使って「ゴミの回収作業」を真似るという遊びを私自身が想像できなかったからです。でも、これは明らかに私の認識不足でした。決まった曜日、所定の場所に、特定の種類のゴミを持ち出すという、日本で一般的な回収方法と違い、私たちは各家庭用あるいは集合住宅で共同の大きなゴミ容器に、日常のゴミを捨てています。

 

これらの容器には、普通ゴミ用、紙用、リサイクリング可能なパッケージ用、ビオ用の区別があり、それぞれ文字や絵による表記に加えて、黒、緑、黄色、茶色など、ふたや容器全体の色でも識別ができるようになっています。
回収車がやってくると、オレンジ色の蛍光ライン付き安全作業衣を着た作業員の方々が車を降り、車輪の付いた容器を上手に操って車の後部に運びます。いかにもたくましい男性達です。続いて車のアームに容器が固定され、次の操作で、アームがゴミ容器をひょいと持ち上げます。かくしてガラガラゴーンの音とともにゴミが回収車の腹部に消え去った後、空になった容器は軽々と元の場所に運ばれ、車は車外の足場に颯爽とつかまり立った作業員を乗せて、次の回収地へと向かいます。

 


 

クレーン車やショベルカー、消防自動車に救急車など、働く自動車が大好きな子供たちに、これがおもしろくないはずがありません。しかもゴミの回収車は、数ある働く自動車の中で最も日常的、子どもがその活躍の場を目にするチャンスが一番多い《スター的存在》です。このことをもっと実感できたのは、二人の子どもを連れた友人夫婦とマイン川沿いの遊歩道を歩いていた時のことでした。

 

妹を乗せたベビーカーのフレームにお兄ちゃん(当時三歳)がつかまり立っての二人乗り。それを押していた彼らの父親は、散歩のあいだじゅう、息子のゴミ回収ごっこのお相手をさせられていました。
遊歩道に備え付けられたゴミ箱が回収地の目印です。ここで父親は立ち止まり、回収作業員になりすましたT君がゴミ箱の方に駆け寄って、
エッチラオッチラといかにも容器を転がしてくるかのような様子で戻ってきます。二人の共同作業で容器を車体(ベビーカー)後部にセット、手回しハンドルの操作で中身を空けると(ボタン一つでできてしまったのでは味気なさ過ぎるのでしょう)T君はからっぽ容器をもとの位置に戻します。そして再びフレームにつかまり立って、お父さんの運転で次のゴミ箱を目指します。

 


 

家庭から出るゴミの分別には、上に述べた種類以外にも、電化製品、有害物質を含む特殊廃棄物(乾電池、塗料その他)などがありますが、これらは廃棄する者が、自分で所定の回収地に届けます。瓶などのガラスは、街頭に置かれたガラス用コンテナに捨ててリサイクル源とします。
ただしミネラルウォーターやビールの瓶など、そのまま再利用されるものについては、購入時に一本8~15セントの保証金を支払い、空き瓶返却時に払い戻しを受けます。

 

ガラス瓶に代わるPETボトル入り飲料の普及が急速に高まる中、2003年より、使い捨てPETボトル、そして缶入り飲料にも保証金を課すというシステムが導入されました。これは回収率を高めることもさることながら、使い捨て容器のあまりの普及にブレーキをかけることをねらって施行された新法でした。現実には、手軽で丈夫、輸送費の節約にもつながるPETボトルへの、消費者、飲料製造および販売業者の支持は高く、瓶詰めからプラスティック詰めに《変わり果てた》飲み物は増える一方です。
私は他のものはともかくPETボトル入りのビールを見ると、「ドイツビールともあろうものが、こんなまずそうな姿になって…。」と、かわいそうでたまりません。

 


 

さて、回収後のボトルの行方ですが、国内で再生産されるものが約20%、残りはフリースやポリエステル繊維の原料として、アジア、主に中国に輸出されます。つまり、いずれ衣料品などに姿を変え、ドイツに帰ってくるというわけです。古いデータで恐縮ですが、2006年にドイツから中国に輸出されたプラスティック廃棄物の総量は1500万トン近く、この内PETボトルが約1000億本との資料があります。とどのつまり、容器に代金を課すというシステムが、『スーパーマーケットなどから、回収後の容器を購入し、輸送に便利な形に加工して中国のインポーターに販売する』という新しいビジネスを生みました。

 

私たちが『黄色いゴミ容器』に捨てる、その他のパッケージ類は、中間業者の手に移り、アルミニウム、ブリキ、テトラパック、ポリエチレン、ポリプロピレン等、各素材ごとに仕分けられます。磁力、レーザー、赤外線などを用いて選別されますが、機械の手に負えなかったものは最終的に人の手で分類されることになります。
市民が実際にどの程度分別に協力しているかを目の当たりにしているのが、まさにこのセクションで働く人々でしょう。生ゴミが紛れ込んでいるどころのさわぎではなく、ルールを全く無視したものを除去することに多くの労力が費やされます。

 


 

こうしたゴミ分別回収の基礎となっているのは、1990年に発足したデュアルシステムという制度です。
リサイクリング用に分別されるべきパッケージには、いわゆるグリーンポイントが付いていますが、パッケージメーカーと、それを利用する製品のメーカーは、このマークのライセンス料をデュアルシステム社に支払い、これによってパッケージの回収からリサイクリングに至る費用の一部を負担していることを明示します。ライセンス料は、パッケージの重さ、普及量によって異なります。

 

たとえばPETボトルにつけるグリーンポイントは、ガラス瓶のそれより安価。これも瓶詰め飲料が少なくなる一因です。デュアルシステム社はグリーンポイントマークに課すライセンス料で運営され、公営、民営の回収業者と直結して、再生資源の獲得に携わっています。ライセンス料が、その製品の最終価格を上げているのですから、消費者はこの種の製品を買う時点で、再生に必要なコストに貢献し、さらに自治体にゴミ処理料を支払い、おまけに基本的な分別作業を引き受けていることになります。『回収率の向上により、可燃ゴミの焼却処理時に発生する有害ガスや二酸化炭素の測定値が下がった。』など、今ではシステムの実績を証明する数字も発表されています。

 


 

しかし導入期には、回収量をこなせるほどのリサイクリング設備に欠けたため、『市民がせっかく分別した資源ゴミが、一部を除けば結局は焼却処理や、載積放置されていた。』『グリーンポイントのついたドイツ産のゴミが、低コストリサイクリングを名目に外国に輸送されたあげく、実は未処理のまま大量放置、あるいは焼却されていた。』という恥ずべきスキャンダルも発覚しました。そして当然のことながら、市民の分別へのモラルは大いに損なわれました。分別されずに廃棄されたまま適正処理されずに載積。このような、いわゆるゴミの山を作ることは2005年以降禁じられています。

 

しかし、フランクフルトのあるヘッセン州だけを例にとってみても、禁止以前に生じてそのままになっているゴミの山の総重量は5,600万トン。そしてここに秘められた資源価値は、原油など資源そのものの時価により15億から30億ユーロと見積もられていますこれは、豊かな鉱脈があると分かっているのに、現在の技術では採算の取れる採掘が不可能で、将来の開発が期待される鉱山を持っているのと同じことです。小さな子どもたちにとってゴミの回収作業員のみなさんが街角のヒーローであるように、廃棄物に関わる職業は、私たちの将来を担うものなのだと、つくずく実感させられます。他方、『原油価格が高騰していけば、高額の機械を導入してでも、あらゆるゴミのオートメーション分別が有意義になるので、ドイツの住民が分別ノイローゼから解放される日も遠からず。』という専門家の意見もあります。

 


 

小説を読んでいておもしろいシーンに出くわしました。わけあってある隣国の小さな村に引っ越したドイツ人女性が主人公。越して間もないある日、地元の小学生の女の子が彼女におずおずとこう尋ねます、「あなたの国では、卵の殻を洗ってから捨てるって本当ですか?」この子は誰かから『ドイツでは、ヨーグルトのカップなどを分類し、洗ってから捨てることになっている。』と聞いて、『じゃあ卵も?』と想像をたくましくしたのでしょうか。

 

あるいは、大人たちがドイツ人のゴミ分けノイローゼを茶化し、「あの人も、卵の殻さえ洗って捨ててるんだろう。」などと冗談を言ったのを真に受けたのかもしれません。小説の主人公は、子どもの好奇心と想像力を可愛く微笑ましいと思う気持ちと、目下の自分は村人にとって、ドイツ人のステレオタイプという異物にすぎないと実感したという、二つの思いの間を行き来したことでしょう。習慣のなせるわざで、私も食料品の買い物にはいわゆるエコバッグや買い物かご、リュックサックなどを持って出かけます。
ですから、他国でスーパーマーケットに行くと、当然のように無料でくれる買い物袋をいちいち断るはめになります。そんな時、あの小説の中の女性が味わったに違いない『よそ者感』を少しだけ抱きます。そこで、とびきり丁寧にお礼を言って辞退した後、「でも卵の殻は洗いません。念のため。」と、こっそり心の中でつぶやいています。

 

vol.2『ゴミをめぐる話』終わり