ニック(ドイツ)

あんなこと、こんなこと、ドイツ便り

号外(2010年5月執筆)【ニック社訪問インタビュー】

from 谷本バルタイト美枝子

1950年代以来のロングラン《帽子のアヒル》や《大工さん》をはじめ、日本でも人気の旧ヴァルター社製品の製作を引き継いで5年目。そんなニック社を率いる二人のヘルテンベルガー氏にお話を伺いました。

(右)ヨーゼフ・ヘルテンベルガー氏
1936年生まれ。エンジニア。ものを作るための工夫、技術改善や機器の開発に余念のない人。大病を克服し、「当分働いてはいけません。」との医師の助言に耐えられなくなった頃、ニック社の事業に参加。

(左)ゲロルド・ヘルテンベルガー氏
1974年生まれ。《男に二言無し》の頼れるタイプ。登山やクライミング、冬はスキーと、山を愛する人。時にはリフトを使わず、用具一式をかついで、人っ子1人いない登山道を歩き下山はスキーと、冬山の一日を満喫することも。最高のアイデアが浮かぶのは、仕事のストレスをジョギングで解消しているとき。

さっそくですが、社の成り立ち、おもちゃ作りを始めたきっかけなどについて、お父様のヨーゼフさんにお話を伺いたいと思います。

元々私はおもちゃとは全く縁のない分野の人間でした。仲間と3人で食品包装用のフォイル工場を立ち上げたのが1960年代のこと。会社は順調に成長し、80年代の後半には約100名の従業員をかかえるに至りました。
ところがその頃、私は心臓病を患いました。幸い、当時先駆け的な技術で著名だったチューリッヒの名医を紹介してもらうにいたり、2度に渡る手術の結果、病を克服することができました。

しかし医師からは「仕事のストレスから十分に心身を解放し、最善のコンディションで臨むのでなければ施術はできない。術後も仕事に復帰しないと約束しない限り、リスクの高い治療を行う意味がない。」と言い渡されていました。そこで私は会社を仲間に譲り、手術に臨み、健康の回復に専念したのです。
しかし、いつまでも働かずにいるのは私の性分に合いません。そんな折、《乗用玩具、車のおもちゃ》や《スロープ系のおもちゃ》の製作を手がけていた男性と知り合い、技術面のサポートを引き受けるという形で、このパートナーとの共同事業に乗り出しました。ニュルンベルクの見本市に初めて出展したのは1992年、翌年には積木《クビオ》の考案者から製造依頼を持ちかけられました。ところが諸々の事情があって、パートナーが事業から退いてしまい、その後、私が責任者となって継続することになりました。
そういったご苦労を重ねる中、社を支えたポリシーとは何だったのでしょうか?

どんなに時代が変わっても、高品質のおもちゃを求める消費者は必ずいると信じ続けたことです。

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